おはようございます。
管理人のAMISHOです。
今回の記事は『うまくいっている人の考え方』(ジェリー・ミンチントン著)をもとに、僕が実践してきて≪体験したこと≫≪考えたこと≫≪気付き≫≪関連情報≫を発信しています。
今回は「比較は非生産的で非効率的」についてです。
本書では『第1部:22.自分を他人と比較しない』にあたります。
第1部は『自分を好きになる』がテーマとなっています。
自尊心を高める、自信を持つなどいろいろ表現方法がありますが、結局は「自分を好きになる」ということです。
ひとつひとつはとても簡単な習慣ですので、取り掛かりやすいものから少しずつ実践してみてください。
比較は承認欲求のひとつ
「自分は独自の長所、短所、才能、能力を持っているのだから、他人と比較しても意味がないよね」という考え方です。
年収や資産、容姿、性格、能力…etc
インターネットでも「〇〇比較」や「〇〇診断」があふれていますよね。
みんな比較や診断が大好きなんです。
なぜでしょう??
比較すると「自分の立ち位置」が分かるかもしれないから比較するんです。
「えっ!こんなにすごい人もいるのか…不公平だ!」
「・・・下にはまだこんなにいるんだ」
こんな感じです。
立ち位置が分かったような気になり安心するいっぽうで、不満と優越感が生まれてしまいます。
で…この不満と優越感がくせ者で、不満が生まれることで「認められたい」「優れた存在だと証明したい」という欲求が出てきます。
そして、優越感が生まれることで「認められた気分になる」「他者より優れていると感じる」という感覚になってしまいます。
これって要するに承認欲求が「満たされなかった」「満たされた」ということです。
だから、比較とは「承認欲求のひとつ」なんです。
比較は意味のない行為
承認欲求とは「周囲から認められたい」「自分を価値ある存在と認めたい」というものです。
これは人間にとって根源的でとても強い欲求で、あらゆる行動は承認欲求に基づいていると考えても良いです。
例えば、サラリーマンが良い評価を得ようと仕事を頑張ること、スポーツ選手がオリンピックの金メダルを目指すこと、子供がテストや試験の合格を目標にして頑張ること。これらもすべて「認められたい」という気持ちの表れです。
ただ、これは至極真っ当なことで、承認欲求のプラス面といえます。
いっぽうで「周囲から認められる」「自分を価値ある存在と認める」ことが不安や重荷、不満のタネとなることもあります。心を病んでしまうことだってあるんです。
これが承認欲求のマイナス面です。
そして、「比較」は承認欲求のマイナス面を帯びています。
現状に不安や不満があるから「他はどうなんだろう…」と比較したがるんです。
「比較」はとても簡単で、すこし自分と他人を比べるだけでできてしまう。そして、少しばかりの安心(承認欲)が得られる。
しかし、この承認欲の満たし方はおすすめしません。
②比較して本当に安心したいなら絶対的有利でないと常に不安が残る
③絶対的有利な立場になるのは現実的でない(非効率的)
このような理由です。
「比較」が非生産的で非効率的だというのがお分かりいただけたでしょうか?
普段なんとなーくやっている比較というのは満たされた気分になっているだけで、現実は何も変わらない。比較を続けたところで、自分にとって何かが解決することはありません。
不安や満たされなさはずっと残ります。
単なる妄想だということです。
~まとめ~
・比較をしても現実は一切変わることはない
・比較して安心しても、不安はずっと残る
・比較は単なる妄想である
今日も良い1日となるように、健やかにお過ごしください。
コメント